日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれ、母とともにフィリピンで暮らしていた日本国籍を持つ男児(8)が母に物ごいを強いられたうえ、結核を患い、路上で泣いて立ちすくんでいるところを昨年6月、孤児院に保護された。「新日系人」は数万人ともいわれ、厳しい暮らしを強いられる例も多い。連絡を受け事情を知った北海道出身の父は、男児の治療が終わる今年8月、引き取りに来る。

 マニラ首都圏の孤児院を訪ねると、男児は「おとうさん」「おねえちゃん」と必死に日本語を思い出し、か細い声で応えた。

 男児は両親の離婚後、03年に母とフィリピンに来た。姉2人は日本に残り、家族は離れ離れになった。

 当初、母子は親類の家で暮らしていたが、日本でためた金が底をつくと友人の家を転々とし、最後はマニラ首都圏で路上生活をするようになった。

 保護された時の男児は、あばら骨が浮き出るほどやせ、結核にかかっていた。物ごいを拒む男児に母は暴力を振るったという。「ママはけったり、たたいたりした」。男児はこわばった表情で話す。

 孤児院を訪れた母親が、日本のパスポートのコピーを持参したことから、男児が日本国籍を持っていることが判明。施設の職員から知らせを受けたマニラの日本大使館が、外務省経由で父親の居所を探し出した。

 知らせを受けた父は今年3月、フィリピンに飛んできた。「この子は、見たこともない輝くような笑顔を見せ、足にしがみついたまま離れなかった」と、孤児院職員のレルマさんは対面の様子を話した。今はもう、母の居所も分からなくなった。「この飛行機で早くパパに会いたい」。男児はメモ用紙に飛行機を描きながらポツリと話した。
かわいそうであるがコレが今のフィリピンを象徴しているような気がする。
日本人と結婚して失敗をする。そして、子供を連れてフィリピンに帰ってくる。
子供が成人になるまでは一緒に日本に居られるのだが何故?帰国したのか?
一度帰国してしまうと確かな手続きをしておかないと中々日本には入れない!
巷では、国籍取得で変化が出てきているのだが・・・・・
上記の件はまだ幸せである。父親が迎えに来る。
母親も父親からも見放された子供たちが何人居ることか?

何とかしてあげたいものだ!



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